お侍様 小劇場 extra

    “カボチャ煮えたか、お芋はまだか” 〜寵猫抄より
 


夕暮れの空が、日に日にその襲
(かさね)のぼかしのあでやかさを増してゆく。
薄茜から淡藍へかけてのグラデーションが、何とも絶妙な秋の半ば。
それをしみじみ眺めておれば、
あっと言う間に陽は落ち、シルクのような感触のする夜が来る。
秋の深まりとともに冷ややかさは厚さを増し、
やがてはビロウドのなめらかさをおびるのだろ夜陰の中、

 「………?」
 「よお。」

昼間のうちにもお顔を見せたお友達。
今はすらりとした痩躯を七彩の衣にくるみ、
厚絹の上着をまとった彼は、
仔猫でいる間は付き合いよくも黒猫の姿で逢いに来るが、
記憶の封を解いたら凄腕の大妖狩りでもある久蔵に、
負けず劣らずな実績誇る、邪妖狩りの同輩で。

 「昼間に訊いとったろが。」
 「……ああ。」

このところの家人二人がやたらと口にするのが、
はろいんとかいう耳慣れぬ単語。
季節に即したまじないか、それとも今時はやりの何かの名前か。
昼の間は小さな仔猫に身をやつしている自分には、何とも確かめようがなく。
謎解きに関わり合いのあることか、
カボチャの煮付けだの、菓子だのを食すたび、
ますますのこと口にのぼっては、
“じきですねぇ”“そうさの じきだの”と、
彼らだけにて言葉少なに判り合っておいで。
それが今イチ判らぬと、小さな坊やは不満げで。

 『まま、俺らには直接関わりのないことだ。』

嘘ではない範囲で、だが、微妙に曖昧な言いようをし、
仔猫でいるための記憶の封を解いたらば、
果たして何か思い出せる久蔵かどうかを確かめに来た彼だったらしいのだが。

 「?」
 「…まあ、我らの領域からは微妙に外れるところの話だからな。」

キョトンとしているところを見ると、
やはりそもそもの知識からしてなかったらしい。
そこでとあらためてのご説明、
同輩の兵庫殿が言うには、
西洋の宗教上の話に関わっていることなのだとか。

 「そちらの宗教の教えによれば、
  日本の盆にあたるのが10月の末日の夜中でな。
  冥府の扉が開いてそこから亡者が現世へまであふれ返る。」

道連れほしさに奇禍をもたらすだろう亡者たちを追い返すべく、
生者たちは魔物への扮装をし、
悪魔が嫌うほどの“嘘つき男”のランタンをカボチャで彫る。
そこまでの説明に、
夜風も吹かぬに金の綿毛がそよと揺れ、
白い手へと白い拳がポンと打ち鳴らされたは、

 「カボチャ。」
 「ああ。食べもするが大元は、
  お主が昼間、隠れんぼうに使っているあれだ。」

何でまた、食べるものを外においているのだろと。
……いや中身はコロッケにしていただいたけれど。
それでも、あの、
物を大切にという古風な躾が行き届いている七郎次にしては、
何とも不可解なことをするものだと思っていたのだが。
今やっとそれへの合点がいったらしい、
玲瓏透徹な風貌の大妖狩りは、
その身の鞭のようにしなやかな見栄えや有り様のそのまんま、
双刀の扱いは、稲妻のように鮮やかで、鬼のように凄惨だのに。
それ以外への事象へは、幼児以下級のとんと無知なので困りもの。

 “そのカボチャのランタンにしたって…。”

庭へと持ち出されたのは数日前のことであり、

 『あっ、これ久蔵っ。』

彫ったばかりなジャック・オー・ランタン、
色白な家人がテラスへと出したのへさっそく近寄った仔猫様。
作業中のずっとを、
勘兵衛のお膝に引き留められての覗くことさえ許されなくて。
仕上がったら遊びましょうねと、シチがゆったの。
だからね、遊びに行ったのに。
日陰の、でも風通しのいい一番手前、
ポーチの端っこに置かれた大カボチャ。
ちょろちょろっと軽やかに駆け寄ってみると、
仔猫の総身の何倍もありそな大きな代物で。
刳り貫かれた上の入り口へ、よいちょと足かけ顔を突っ込み、
とさんと中へもぐり込んだはよかったが。
微妙に青々しい匂いのする黄色の空洞は、
まだ少しほど湿っており。
乱食い歯の口許をかたどった口からお外を覗けば、
大慌てで七郎次が駆け戻って来ての、引っ張り出され、
しかも“あわわ”とたいそう驚かれてしまって。

 『ど、どうしましょうっ、勘兵衛様っ!』
 『慌てるな。とりあえず風呂へ入れよう。』

にゃ? 何でなんで? 昨日入ったばっかだよ?
今日はまだ お外にも出てないのにどして?
身を乗り上がらせるべく、
小さなお手々でシチの胸元にてんと手をつけば。
淡色のシャツにかすかに足型がてんとついて…。

 “あ…。”

カボチャの中身と同じ色。
どうやら仔猫の体中、
顔と言わず頭と言わず、手足や尻、背中に肩に、
黄色の果肉が塗すくられてしまったらしくって。
メインクーンの仔猫の姿でも痛々しい惨状だったのにかてて加えて、
家人お二人に限っては、
白っぽいフリース着た幼子に見える和子なだけに、

 『にゃーっ、ふぎゃーっっ!』
 『これ、逃げないの。
  まだ足の裏を洗ってな…勘兵衛様っ、そっち行きましたっ。』
 『おうさ。』
 『みゃあぁぁあぁっっ!!』


   ……まあ、お風呂で洗われたらすっきりと落ちましたが。


 「西洋の宗教。」
 「ああ、キリスト教の行事だ。」

さすが、ちゃんと目端の利く同輩さんには、
そのくらいの知識はあったらしく。
つややかな黒髪を夜風にたなびかせ、
朋輩の無知を“無垢なことよ”と微笑ってござったが。

 「…浄土真宗。」

白い指を足元の洋館へと指し示して見せたのへは、
ついのすかさず、

 「だ〜か〜ら。」

単なるイベントだ、クリスマスと一緒だ、
信仰してなくたって形にだけなら乗っかれるんだよと。
穏便だった態度が一転、
神経質そうな額の端っこに血管浮かせ、
こいつはよぉ…というツッコミモードへ入ってたりし。
もっと細かい中割り注釈を入れますならば、
この家の家人らは仏教徒で浄土真宗なのにか?と、
訊いて見せた久蔵殿だったんですが…それはともかく。

 「信仰あっての参加じゃなくて、
  流行にあやかった、言わばお遊びみたいなもんだ。」

ふんっという鼻息も荒々しく、
胸高に腕を組んで反っくり返ったご同輩の頭には、
ほんの親指大ほどの小さなものとはいえ、
斜めに傾
(かし)いだ黒サテンの三角帽子が。
同じ色とつやの黒髪に印象が紛れてしまうので、
一見しただけでは判りづらい代物だけれど、

 “わざわざ落ちぬようにとくくり留めたのなら…。”

少なくともその折に、気づかぬはずはないだろに
…という意も込めての、それを指差したかった久蔵だったものの。
ご当人にはそんなつもりはなかった 先程のまぜっ返しで、
しこたま こづかれたばかりな身。
続けざまに揚げ足取ったら 勢い余って倍は叩かれようと、
そのくらいは学習してもおり。

 「………。」

視線こそ外せぬままながら、
それでも何とか奥歯を食いしばって頑張った胡蝶殿であり。
(笑)

 「しかし。」
 「?」
 「あの髭面も甘い物へと付き合わされておるのか?」

毎日のようにお三時や夜食に甘い物が出されるお宅。
商店街のラフティや駅前のアンブロシアは、
もはや素通り出来ぬ店と化しており。
しかもしかも、そのイベントがらみと来れば、
総菜としてのカボチャだってふんだんに出ても来よう。

 「聞けば、昔は随分と煙草を吸いたおしておったとか。」

そんな辛口な味覚を持つ身で、
甘味や煮付けなぞという、
甘口の食い物へと付き合うのは苦痛だろうにのと。
くすすと微笑った兵庫なのへ、

 「? シチの作るは好物。」
 「ほほお。」

特に苦労なんてしとらんようだがと、
怪訝そうなお顔をする久蔵だったのが、
何だか微妙に…一本取られたような気がして。

 「…っ☆ なんで?」
 「うっせぇなっ。」

なんか知らんが手が飛んだ。
甘いものの食い過ぎ、話を聞いただけで胸焼けがしたわと、
苦々しげに言い捨てて、ひらりと屋根から飛び降り、
何もない宙を、だのにぴょいぴょいと渡ってく背中を見送り。

  「???」

何であやつは、時々ああやって唐突に怒るのだろかと。
冷静で物知りで頼りになるのに、そこだけが玉に瑕だと、
こづかれた頭を撫でつつ、やれやれというお顔になった久蔵殿。
彼もまた屋根の上という高みからふわり、
羽根のような軽やかさで庭へと降り立ち。
手のひら伏せた壁を擦り抜け、居間の中へとあっさり上がる。
シンと静かな屋内なのは、家人が二人とも寝入っているせい。
家具の輪郭がうっすら浮かぶ、そんな夜陰のただ中で、
白い細おもての中、切れ長の双眸をつと伏せると、
その身がしゅるりと寸を縮めて、
ふわふかな毛並みの仔猫へ変わるから不思議。
にゃあと鳴いてから、ふるると毛並みを震わせると、
いつもの寝床へたかたか進み、
寝かしつけてくれたお兄さんの甘い匂いを染ませた寝床、
ウサギの中敷きも暖かい、優しいベッドへ潜り込む。
丸ぁるくなった小さな仔猫、早くおやすみ、夜が更ける。



  カボチャは はろいんにちゅきものな おかずなんだって。
  ヒョゴ兄は何でも ちってるからしゅごい。
  今度、キュウ兄にも逢わせてあげおねvv
  ふたいとも、キュウのおにちゃんだからね……。


   ZZZZZZZZZ、ZZZZZZZ…………。






  〜Fine〜  09.10.29.


  *新大陸という新天地で頑張っておいでの藍羽様に捧ぐ。
   いやもう、びっくりしましたよ。
   突然に大変なことですね。
   ウチのちびキュウには“外国”という観念はまだなさそうなので、
   モクレンの向こうのお国より遠いの?と、
   キュウ兄へ小首かっくりこしつつ訊いてたみたいです。
   それを伝言された七郎次さんや勘兵衛様に至っては、
   聞かなきゃよかった半分
(こらこら)
   こんな小さい子へどうやって説明すればと、
   やはり困惑しておいでらしいです。
(しっかりっ)

  *さて一方で。
   兵庫さんは、昼間の仮の姿が黒猫さんだったからと、
   あの雪乃さんが喜々として飾ってくれたらしいです。
   この彼が外さぬままにしているともなれば、
   彼女以外の所業とは考えられぬ。
   ハロウィンの知識も、案外と彼女から聞いたものかも知れませんね。

めーるふぉーむvv めるふぉ 置きましたvv

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